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世界の舞台で活躍する日本人ソプラノ歌手 中嶋彰子さんをインタビュー(@いずみホール)

更新:2019年05月23日 カテゴリー:音楽 タグ:, , ,

上記写真:©︎ 樋川智昭

ぼちぼち音楽レポーターことSAEKOが、今回お届けするインタビューは、クラシック音楽から。(これまではヘヴィメタル系だけでしたが、「ジャンルを問わず、素晴らしいアーティストを取材したい!」、そんな想いで突撃してまいりました!個人的に、メタルとクラシック音楽は意外と共通点が多い気がするので、SAEKOのぼちぼち音楽レポートを機に?!、クラシックファンがメタルを聴いたり、メタルファンがクラシックを聴いたり……そんな広がりがあればいいなぁとも思います。)

さて、インタビューさせて頂いたのは、世界の舞台で活躍する美しき日本人ソプラノ歌手の中嶋彰子さん。2019年4月19日(金)に、ピアニストの村上明美さんと共に、いずみホールのスペシャル・コンサート“午後の特等席 Vol.1”で素晴らしい歌を聴かせてくださいました。会場で生で聴いてみて……言葉でうまく表せませんが、グッと胸に来る“何か”がありました!そして、それが何なのか、インタビューしてみて、少しわかった気がしました。

コンサート情報 “午後の特等席 Vol.1”

中嶋彰子さんの紹介

毎回、インタビュー記事の前にアーティストの経歴を紹介していますが、中嶋さんの経歴は本当に華々しく、正直、このスペースに収まりきりません。ですので、ご興味を持たれた方は是非オフィシャルサイトで詳しい経歴をご確認くださいね。

北海道出身の彼女。15歳で渡豪し、全豪オペラ・コンクールで優勝。その後、イタリアで欧州デビューを果たし、欧州放送連合より92年度最優秀賞を受賞します。99年にはNHK交響楽団との共演で日本デビュー、2007年にハンブルク州立歌劇場デビュー、07年末にはアメリカ・デビュー……まさにワールドワイドに活躍されています。世界規模で注目される日本人ソプラノ歌手として、オペラの他に各国のオーケストラとも共演も。2017年からはウィーン私立音楽芸術大学(MUK)舞台芸術学部声楽・オペラ科独唱専攻の教授に就任されています。

▼美しいウィーンの風景と共に中嶋彰子さんの美声をお楽しみください。

コンサート・レポート

曲目

  • パイジェッロ いとしい人が来るとき
  • ヘンデル オンブラ・マイ・フ
  • シューマン アラベスク op.18 / 〈女の愛と生涯〉op.42
    ーー休憩ーー
  • ドヴォルザーク 〈ジプシーの歌〉op.55 / “月に寄せる歌”〜〈ルサルカ〉より
  • ブラームス 間奏曲 op.119-3 / ラプソディー op.119-4
  • R.シュトラウス 元帥夫人のモノローグ〜〈薔薇の騎士〉より
    ーー「おとなのための童謡曲集」(岩河智子編作)より
  • 中山晋平 雨降りお月さん / 黄金虫 / ゴンドラの唄
  • 本居長世 汽車ポッポ

生で聴く中嶋彰子さんの歌声はとても力強く、それでいて優しく、まろやかでした。脳波がα波になるような……迫力があるのに、癒される。その声に身を委ねると、とてもリフレッシュして元気になれるんです。それから、ピアニストの村上明美さんの演奏も素晴らしかったです。一音一音をとても大切に弾かれている印象を受けました。シューマンが愛する彼女に捧げたと言われる“アラベスクop.18”やブラームスの“ラプソディー op.119-4”のピアノソロも非常に美しく、そして、時に力強く、その表現力に心を奪われました。

また、今回、嬉しい驚きだったのは、歌詞の対訳が常に表示されていたこと。オペラって(例え日本語だったとしても)言葉が聞き取りにくいような印象ってありませんか。私もそれを心配していましたが、歌詞が表示されていたお陰で、歌の世界にもっともっと入り込めた気がします。特に〈女の愛と生涯〉はとてもドラマチックで、歌詞が理解できると、もう本当に演劇を見ているよう。感情移入して楽しむことができました。また、アンプも何も通さず、まさに生の声だけで、これだけの演出ができてしまう……その事実に感動しました。
更に〈ジプシーの歌〉は曲の展開やリズムの変化が面白くて、ヘヴィメタル歌手の私は思わず「バンド形態でアレンジして演奏したら……」なんてことを考えてしまいました。

それから、最後にもう一つ書いておきたいのが、日本の童謡についてです。“黄金虫”や“汽車ポッポ”など、おなじみの童謡だったのですが、「こんなにドラマチックな歌になるとは!!!」めちゃくちゃ驚き、エキサイトしましたよ、私!!!(勿論、アレンジされているのですが)その理由についてはインタビューをお読みください(▼)。

いやぁ、本当に、素晴らしい歌と演奏を聴かせていただきました!クラシックは眠いんじゃないかとか、そんなの、とんでもない!!皆さんも是非、クラシック系のコンサートにもっと足を運んでみてくださいね!


©︎ 樋川智昭

公演後 インタビュー

ーー大阪で公演されるのは何回目ですか。

いずみホールで最初に公演したのは91年だったと思います。まだ学生で、デビューするかしないかという頃でした。その時は、イギリスのオーケストラと一緒に日本に来て……私、15歳で日本を離れたんで、右も左もわからない状態でね。それで、ここのいずみホールで歌って、「凄いな!」と。音響が素晴らしくて。それはよく覚えてます。

ーーちなみに大阪の印象はどうですか。

元気な人達が多いですね。私は北海道生まれなんです。北海道はみんなおっとりしてて、冗談を言っても余りわからない感じでね。私は冗談が好きなんで、道産子としては、関西に憧れます。人生、冗談がないと生きてけないでしょ。関西の方達って、その辺りがとても上手いじゃないですか。言葉も少しひねってみたり……いつも楽しい。主人も関西が大好きなんです。

ーー確かに、私たち、ネタで生きてるみたいなところがありますね(笑)。有難うございます。
ところで、15歳で渡豪されましたが、それは音楽の道へ進むためだったのですか?

いえ、全然音楽とは関係なくて、父の仕事のためでした。でも、ちょうど音楽に夢中になり始めた頃でしたね。

ーーでは、ソプラノ歌手になろうと決めたきっかけは何だったんでしょう?

中学生1年生の時に、すごくシャイな私が音楽祭でソロを歌うことになって……それで味をしめました(笑)。「校長先生を黙らせるのは歌だ!」みたいな。

ーーそれでだんだんと音楽の道へ?

というよりも、小さな頃から常に私の人生には音楽がありましたね。人前や舞台でって訳ではないけれど、いつも音で遊んでました。うちにピアノも楽譜もあったから、自己流で適当に楽しんでたし、喋る前に歌ってたらしいです。ただ、音楽にはまって、この道に進もうと思ったのは、中学生の時でした。

ーー渡豪後、欧州にも渡られてますよね。海外で苦労されたお話などあれば……。

海外に行く準備も何もなく、突然ポーンと渡った訳ですからね、語学と文化の壁に苦労しましたね。

ーー語学と文化の壁ですね。これは音楽活動される中でも感じますか。

いえ、若い頃に海外に渡っているので、揉まれている時はまだ学生でしたからね。音楽の道でプロになってからは逆に、自分が日本人であるという意識がありません。むしろ、日本に逆流してくる時に、自分の中で消化できない部分がありました。

ーー逆流ですか?

ヨーロッパでデビューした後に日本に戻った時です。日本という社会の中で音楽家として仕事するのは、凄く苦手でした。

ーーなるほど。ところで、オペラ歌曲をよく知らない読者も多いと思うんですが、そう言った初心者の読者に、オペラ歌曲の魅力を一言で伝えるとしたら……。

生の音。人間の体にそんなパワーがあるってことに驚くと思いますよ。

ーーそうですね。ナチュラルなスピーカーですもんね。

その為に何年も磨きをかける訳ですから。

ーー最近は何もかもデジタルになって、生の音に触れる機会も少ないですしね。いずみホールみたいに音響の素晴らしいホールだと尚更ですよね。

そうですね。やっぱり感動しますよね。

ーー対訳も表示されていたので、音の響きだけでなく歌詞の意味も理解できて、演劇を見ているようでした。声量も含め、ナチュラルな音特有の優しさというか……素晴らしくて、本当に楽しめました。ところで、今後、特にコラボしてみたいジャンルなど、やりたいことはありますか?

やりたいこと?一杯あるんですよね。どんどん増えてきちゃって、マネージャーが可哀想なんですけど(笑)。私、お金の為に仕事しない人なんです。やりたいことしかやらない。そこはブレずに確実に通してきてるし、今後もそうです。

ーー素晴らしいですね。でも、最初からそう言っちゃうと「それじゃ上手くいかないよ」とか、言われることはありませんか。

言われますね。でも、それは全部、自分を信じる心と情熱で、弾き返しますから。小さい頃も親から「背が低いし、日本人だし、言葉もできないし……」って言われましたけど、そういう時は、「はい、さよなら」です(笑)。

ーーそういうところが歌に表れているから、私、感動したのかもしれません。

そのアティテュードがなきゃ、舞台人じゃないでしょ。お金の為にしなきゃって言うのは、芸能と芸術の違いがわからない人なのよ。

ーー私自身そう思いますが、理解されないことが多いので……素晴らしい実績を積み重ねてこられた中嶋さまからその言葉が聞けたことに感動です。でも、素晴らしい芸術って、芸能界的な方面のメディアからは取り上げられないことが多いじゃないですか?せっかく素晴らしい音楽なのに、その素晴らしさを伝える情報源が少ないことについてはどう思われますか。

それは、教育、教養の問題じゃないですかね。興味があればね、環境がなくても、必ず素晴らしいものに出会うと思いますよ。ふっとテレビで見て、それ以来オペラにはまった方もいますし、受取手側のセンスというか。人生ってね、色々なところにチャンスが転がってるものなんですよ。チャンスと思える人はそれをつかめるし、チャンスと思わない人は気づかないまま、それを逃してしまう。情報源は少ないけれど、それでもそうした音楽がどこかから流れてきた時にパッとそれに気づく人と気づかない人がいるという……。

ーーところで、お馴染みの日本の童謡も歌われましたが、“黄金虫”も“汽車ポッポ”も、今まで聞いた中で一番ドラマチックでした。「うわ〜、こんなに凄い曲だったんだ!」って、驚きました。

勿論、アレンジしてるんですけどね。でも、日本の歌曲って、はっきり言ってつまらないんです。綺麗事と言うか、“表”を意識した歌い方をするのよね。それから、日本の歌曲の歴史を辿ると、元々、共通語としての日本語を教えましょうという時期に沢山作曲されてるんです。戦前あたりから、地方の人も標準語を勉強するには歌がいいだろうってことで作曲家に仕事で沢山そういう歌を書かせたんです。そういう書き方ですからね。“赤とんぼ”なんかも良いですけど、単調なんですよ。その当時、日本の作曲家たちがもう少し自由であったら、どれだけ素晴らしい作品ができただろうって思いますけどね。滝廉太郎なんかも若くして亡くなってしまいましたけど、もう少し、ああいう人たちの可能性をいかせていたら、日本歌曲ももっと面白くなっていたんだろうなと。

ーー要するに“当り障りのない”音楽になっているんですよね、きっと。

だって、音楽の教科書も、さらっと歌うようにって楽譜に書いてるでしょ?

ーーところで、ウィーンを拠点にされている理由はなんでしょう?

劇場に雇われて、ウィーンに来ないかと打診されたんです。音楽の都と呼ばれる場所だし、そこにいると一番音楽が集まってくる。ウィーンに移って以降、もう他の場所は考えられないです。

ーー日本歌曲の歴史のお話まで、今日は勉強になりました。有難うございました!!

インタビューを終えて……

お金の為にはしない、やりたいことしかやらない。それがわからないのは、芸術と芸能の違いがわからないから。この言葉が非常に印象的でした。
私が好きな音楽は偶然ヘヴィメタルが多いけれど、実は別にジャンルには余りこだわりません。ただ、「この人たちは心から自分が信じた音楽をやってる!!」と感じられる音楽が好き。つまり、成功とかお金とか、そんな外的なものじゃなくて、心の内から炸裂する生命のパワーが表れてる音楽!
そういう意味で、今回、中嶋彰子さんの歌は、本当にパワフルで、心の内から溢れるエネルギーに胸を揺さぶられました。初めてのクラシック系のインタビューでしたが、素敵なお話が聞けて嬉しいです。
今後も、ジャンルを問わず(と言いつつ、多分、ヘヴィメタル+時々クラシックになりそうですが)、芸術してるアーティストの皆さんを紹介していきますね!

いずみホールについて

「音楽による社会貢献」を目的に「住友生命保険相互会社の60周年」記念事業として、ホテル・ニューオータニ大阪の向かいに建てられた「いずみホール」。クラシック音楽専用のホールとして造られたその音響は素晴らしく、2016年には日本の「優良ホール100選」に選ばれています。年間30程度の独自企画・主催公演を開催しており、今回、私が取材させて頂いたのも、そんな主催公演の一つ“午後の特等席”です。夜間の外出が難しい方のために企画されたシリーズで、午後2時に開演。穏やかで上質な昼下がりを満喫できます(“午後の特等席 Vol.2”は11/21)。

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